ないなら自分で作れば良い:黒木麻紀さん

飲食

国富町森永(竹田)でお好み焼き屋「玉屋」を営む、黒木麻紀(くろぎ まき)さん。
甥っ子(写真(上)の男の子)と粉物をこよなく愛する黒木さんは、もともと本庄仲町で玉屋を営んでいたのですが、自宅の新築に合わせて今の場所へ平成30年1月に移転しました。

23歳から宮崎市のお好み焼き屋さんで修行を重ね、2年後にはそこのFC(フランチャイズ)で自分のお店を持つことになります。

そんな黒木さんがお好み焼き屋を始めることになった経緯や、大切にしていることを聞きました。

お米の研ぎ方も分からなかった

今は食事を提供する側の黒木さんですが、20歳まで料理が本当に苦手で、お米の研ぎ方も分からなかったそうです。

料理はお母さんに任せっきりで、自分からすることもない。

そんな黒木さんが、どうしてお好み焼き屋さんをやろうと思ったのか尋ねると、

「国富にお好み焼き屋さんがなかったから」

とのこと。

黒木さんは今に至るまで、どのような人生を歩んできたのでしょうか?

よし!私がやろう!

お好み焼き屋さんの道を目指すことになったきっかけは、黒木さんが23歳の時。
両親と「国富って、お好み焼き屋さんがないよねー」と、話をしていたらお父さんから

「そんな言うなら、お前がすれば良いわー」

大半の人は冗談で流すような話ですが、黒木さんは

「そうやね!やるわ!」

お好み焼き屋さんをすることを決意し、宮崎市内のお好み焼き屋さんに「修行させてくれ」と電話したそうです。
そこから、黒木さんのお好み焼き屋としての人生がスタートします。

別の意味で店長仰天

宮崎市内のお好み焼き屋さんで修行することになった黒木さん。
よく考えれば、料理の経験がほとんどありません。

お好み焼き屋さんで修行させてくれと言ってくれること自体珍しいとのことで、採用した店長の期待も大きかっただろうと感じます。

しかし、包丁の使い方1つまともに分からなかった黒木さんなので、店長もびっくり

「よく、その状態で修行させてくれって言ったもんだなー」

苦笑いしながら言っていたそうです。
修行時代の経験が今の自分に活かされていると黒木さんは口にします。

国富町でお好み焼き屋さんをやりたい

修行時代を経て、黒木さんは大島通線のお店を任されることになります。
そこで初めてお店の経営を経験し、毎日お好み焼きと目の前のお客様と向かい合い、自身のスキルを磨いていきました。

そして、3年後に店舗全体を買い取らないかとの相談が上層部からあります。
もともと、国富町にお好み焼き屋さんがないからという理由でお好み焼き屋さんの道に進んだ黒木さんは、その話を断り、そのままお店も辞めることにしました。

気になる改装中テナント

28歳で国富町に戻って来た黒木さん。
地元で半年ほどゆっくり過ごそうとしたそうです。

なんとなく町内を移動していると、改装中のテナントを見かけます。
何ができるのか気になった黒木さんは、内装工のおじちゃんに

「何ができるんですかー?」

と、質問すると、どうやら用途は決まっていないが内装だけ綺麗にしているとのこと。

「なら、私がお好み焼き屋をやる!」

そう言うと、1ヶ月後には玉屋をオープンすることになりました。

玉屋の味

玉屋のお好み焼きは、10種類の粉を調合した生地と1から手作りのソースからできています。
細部まで味にこだわった玉屋のお好み焼きができるまでには、たくさんの失敗がありました。

「今の味が完成した時に、旦那とハイタッチした」

それほど二人で喜びを感じた生地作り。
それまで数百枚の生地を作って試食を繰り返したそうです。

粉の調合比を微妙に変えるだけで、味や食感が全く別のものになると言います。

玉屋の味は、それまでの失敗があったからこそ完成したのです。

常連さんの中には、お好み焼きにソースもマヨネーズも何もかけないでくれと注文する人もいるとのこと。
それだけで、生地本来の味がどれだけ美味しいのか想像できますね。

仕事も遊びの一部

ネイルやハンドメイドアクセサリー、油絵やバイクなど多くの趣味を持つ黒木さん。
新しい店舗は自宅の車庫と一緒にしたかったという希望があったそうです。

車庫を一緒にした理由はバーベキュー。
週1で開催するほど、頻繁におこなうらしく、その時にお店が隣なら仕込みや飲み物などにも使い勝手が良いからとのことでした。

「仕事も遊びの1つとして楽しみながらやりたい」

そんな黒木さんの想いを形にした新店舗です。

暖かい時期には仲間とともにツーリングを楽しむ黒木さん。
その仲間たちとの打ち上げもバーベキューになることでしょう。

実は、バイクに乗ることについても思い出に残る出来事があったそうです。

 

自動車学校がまさかの入校拒否

バイクの中型免許を持つ黒木さんですが、20歳で免許を取得した際の笑い話があると言います。

最初に入校しようとした自動車学校で言われたこと。
それは、

「君の体型じゃバイクの運転できないよー」
「免許を取らせることはできないな」

とのことでした。

黒木さんの身長は145cm。
それでも、まさか断られるとは思ってもいなかったそうです。

結局、別の自動車学校に聞いたら問題ないとのことだったので、そこで無事に免許を取得することができました。

現在、黒木さんが所有するバイクも、黒木さんの体型に合わせて調整しているため、他の人だと乗れないらしい…

自分もお客さんも居心地が良い空間

以前の店舗で唯一不満に思うことがあった黒木さん。
それはお客さんとの会話です。

忙しいことはありがたいことですが、その影響で常連さんとのコミュニケーションが思うように取れなかったと言います。

「おばあちゃんになっても、ゆるーく、楽しく続けられたら良い」

そう口にする黒木さんは、お店全体のコンセプトも移転に伴い現在模索中と言います。

黒木さんもお客さんも、みんながくつろげる憩いの場にするために、現在30%と語る内装や配置を工夫していきたいとのことです。

「昔の玉屋と同じ空間にしてー」

そう常連さんからお願いされる黒木さんですが、自分自身も楽しむために策を練っている。
お店はできても、まだまだ進化する玉屋と黒木さんのこれからが楽しみです。

 

 

有田 匠興

宮崎県国富町出身・在住の地域ライターです。 「国富町を通過点から目的地へ」 というテーマのもと、国富町で働く人たちを取り上げ、発信していきます。

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