安定よりも大切にした“やりがい”:黒木康平さん

農業

国富町八代在住の黒木康平(くろぎ こうへい)さんは、八代中学校を卒業後、野球の特待生として延岡学園高等学校へ進学。
野球漬けの学生時代を過ごし、高校卒業後は愛知県のトヨタ自動車 堤工場に就職し将来安定と周囲から言われていました。

では、なぜ安定の道から農業の道に飛び込もうと決意したのか?
黒木さんにこれまでの経緯や今後の目標について伺いました。

 

仕事はできる。だけど何か違う

これまで野球で鍛えた身体と、持って生まれた器用さで日々の業務を人並み以上にこなし社内でもトップクラスの成績を残していました。
そんな黒木さんが農業を志した理由は“やりがい”。

前職の仕事内容は、一般的に言うライン作業。毎日同じ仕事をこなし当たり前に給料をもらうという日々を過ごし、悪くはない生活ですが、どうしてもやりがいを感じられなかったそうです。
その時期に起こったリーマンショックが黒木さんのターニングポイントになりました。

 

父の反対を押し切り農業の道へ

リーマンショックの影響で工場が稼働しない日も増え、長期休暇をとった黒木さんは実家へ帰省。
故郷では、特に出かける場所も予定もないからという理由で手伝っていたのが両親の営む農業でした。

初めて父親に「農業をする」と伝えた時、最初は反対されたそうです。
安定した職に就いているのに、なぜわざわざ厳しい道を選ぶのかと…。
その後、21歳になった黒木さんは父親に電話をかけました。

「俺、農業するから実家帰るわ」

意思は固まっていましたが、当初の気持ちは、とりあえず実家で農業をやるというくらいの軽い感覚だったと言います。
しかし、実際に仕事を始めると気持ちはすぐに変わりました。

  

両親がくれた7.5a(アール)

開業後、7.5aのビニールハウスで生産がスタート。
そこは両親が営むビニールハウス横の空き地に新しく建てられたビニールハウスでした。
日頃から収穫作業を手伝っていた黒木さんですが、それ以外の作業が何も分かりません。
最初は、両親と3人で双方の手入れをしながら学んでいく下積み時代が始まります。

 

とりあえず1人でやってみる

両親のもとで修行し3年が経った頃、黒木さんは1人でピーマンの生産に挑戦することを決意しました。
これまで両親と3人でやっていたので、1人になって初めて気付いた疑問に悩まされたそうです。
その時に頼りになるのが、隣で仕事をする両親の存在。

周囲は失敗しないと成長しないと口を揃える中、両親だけは、これまで経験した失敗談を惜しげも無く語ってくれました。
少しずつ自信をつけた黒木さんは、去年1,500万円の融資を受け、新たに23aのビニールハウスを増築し規模を拡大。
黒木さんの誕生日に完成したこともそうですが、自分のハウスができたことが嬉しくてたまらなかったそうです。

黒木さんの今後の目標は5年で全額返済し、マイホームを建てること。できればマイホームのローンも5年で払い切りる(笑)とのことでした。

守るべき人たちの存在

黒木さんは独立後、1馬力でピーマンと向き合ってきましたが、今は違います。
結婚4年目の奥さんと昨年生まれた待望の長男の存在。
「結婚・出産後に心境の変化は?」と尋ねると、

「特に何もないかな」

と、恥ずかしそうに話していた黒木さんですが、すぐ言葉をかぶせるように、

「やっぱり誰かのために働くと言うのは、張り合いがあってやる気が増した」

お子さんを溺愛している黒木さんから笑みが溢れます。
しかし、夫婦で生き物を相手にする仕事ということもあり、長男が4ヶ月の頃には保育園に預けることになったそうです。

「昼飯を食べに家へ帰っても息子がいないから(保育園に)預けた当初は口癖のように「寂しいね」って言ってたな」

と、苦笑いしながら話してくれました。

自信がついた頃に言われた「個性がない」

ピーマンを1人で作れるようになってきて、一番ショックな出来事があったといいます。
それは周囲の農業関係者に「個性がない」と言われたこと。

黒木さんの個性ではなく、黒木さんが育てる“ピーマンの木”に個性がないというものでした。
「ピーマンの木に個性?」と疑問がありましたが、育てる人によりそれぞれ個性が出るらしいです。

父親から学んだ生産方法なので、当然父親が育てるピーマンの木になります。
「個性がない」と言われた一言にショックを受けた黒木さんは、とにかく他の生産者に頭を下げ、たくさんの生産方法を見て回りました。

その結果、今では黒木さんらしいピーマンができている実感が出ると共に、経営者として父親と対等に意見が言い合える仲になったことに喜びを感じているそうです。
父親がライバルというのも素敵な関係だと率直に感じました。

 

外の世界も見て欲しい

お子さんに農業を継いでほしいと思うかと尋ねると、即答で「No」と答えた黒木さん。
結局、息子から農業をすると告げられた黒木さんの父親と同じことを口にします。

しかし、それは農業だけにこだわらないでほしいという言葉の裏返しでした。
黒木さん自身が農業とは無縁の進路を選び、進んできたからこそ、今のやりがいを感じています。
最初から、わざわざ視野を狭める必要もない。とにかく健康で善悪のつく人間になってくれさえすれば良いと、長男の将来について語っていました。

恩返しの意味も込めて1番

昨年度の収穫量は国富町で41人いるピーマン生産者の中で、2位の成績を残した黒木さんに今期の目標を聞いてみると、

「やっぱり1番が良い」
「ここまで結果を出せたのは、家族や盟友(同じ農業を営む仲間)がいてくれたからこそ」
「嫁にも頭が上がりませんわ(笑)」

と、感謝の言葉を口にする黒木さん。
黒木さんの周りには、たくさんの黒木さんを慕ってくれる人がいるのだろうと容易に想像できる一言。
これからの黒木さんの活躍に期待大です。

 

 

有田 匠興

宮崎県国富町出身・在住の地域ライターです。 「国富町を通過点から目的地へ」 というテーマのもと、国富町で働く人たちを取り上げ、発信していきます。

プロフィール

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  1. 緒方 厚

    突然のメールで失礼します。現在は長崎県大村市に在住しています。国富の広報国富を見せて貰っています。農業の町国富を盛んに発展の事嬉しく思います。メール頂いたら嬉しいです。

    八代門前の出身です。