人との繋がりが私の全てー今岡友恵さん

飲食

国富町本庄でBAR木蓮を営む今岡友恵(いまおか ともえ)さん。
飲食業だけでなく、保険業やモデル業も経験している今岡さんが、自分のお店を持つまでの経緯や、大切にしていること、子育てについての考え方などを聞いてみました。

とりあえず時給が良いから…

今岡さんは、地元深年で八代中学校卒業後、宮崎商業高校に進学。
高校卒業後は、東京に行きモデル業やイベントコンパニオンを始めます。

イベント先で知り合った方を、夜のお店に連れて行くと報酬がもらえ、それを繰り返しているうちに、お店の店長からスカウトされ、夜の世界に飛び込みます。

仕事を始めたきっかけは、とにかく時給が良いから。

当時を振り返ると、正直お金を稼ぐ事を甘く考えていたと言います。

隣に座ってくれたら良い

銀座などの高級住宅街にある飲食店で勤めていた時のことです。
来店されたお客さんから、

「とりあえず隣に座ってくれてたら良いから」

と、言われます。
しかし周囲を見渡すと、お客さんに合わせて会話をし、場を盛り上げるスタッフの姿が。

「座ってるだけと言われても…」

そう思い、会話をしようとしますが、話題が全く分からずに黙り込んでしまったそうです。
お客さんと会話ができないことが恥ずかしくて、自分自身の甘さを痛感させられました。

自分が働きやすい場所

飲食業で挫折を味わい、少しづつ自信を失いかけていた今岡さんですが、浅草など東京の中で下町と呼ばれる土地で働くようになって考え方に変化が出てきます。

そこは、これまでのオシャレな内装に高価なお酒が並ぶようなお店ではありません。
初対面のお客さん同士が楽しそうにお酒を酌み交わし、カラオケを歌う場所。

そんなアットホームなお店で働くうちに、
「私は、こんな人たちと楽しくお酒が飲める場所で働きたい」
と、思うようになり、いつしか

「自分の店を持ちたい」

という夢が具体的になっていきます。

飲食店で働いていたからできたであろう親孝行

今岡さんは、高校卒業後に東京へ行ったため、あまり家族との時間がとれません。
そんな時、お父さんが出張のため東京へやってきます。

仕事の合間で今岡さんが働くお店を訪ねてくれ、一緒にお酒を飲み、お父さんの好きな歌をデュエットしたそうです。

「お父さんが元気なうちに一緒にお酒を飲みながら歌を歌えて良かった」

当時は、こんな時間がいつまでも続くと思っていた…

お父さんの看病で帰郷

今岡さんが24歳の時、お父さんが病気になり看病のために地元国富町に戻ってきます。
お父さんは建設業を営んでいたため、建設業の事務をしながらお父さんとの時間を大切にしていた今岡さん。

それから2年…

お父さんとお別れすることになります。
その後、会社は今岡さんのお兄さんが継ぐことになり、今岡さんは国富町役場で臨時職員として働くことに。

人を幸せにするためにできる仕事

3年間、国富町役場の臨時職員として働いていた今岡さんですが、高校時代からバレーのつながりで親しかった友人に保険業を一緒にしないかという誘いを受けます。

最初は、保険業という業種に対し、あまり良い印象を持っていなかった今岡さんは、とりあえず職場見学に。

会社が扱う保険の内容を見たとき、

「これなら、どんな人にでも教えてあげたい」

そう直感し、保険業を始めることになります。

飲食業以外に、モデル業やスポーツインストラクターなど様々な業種を経験している今岡さん。
その根源には、「人を幸せにしたい・楽しませたい」という想いがあるそうです。

そんな想いを持つ今岡さんの心を打った、保険会社のサービス。
経験ゼロから、今岡さんは必死に営業を続けていきました。

人に恵まれてルーキー賞

入社1年目から、結果を出していった今岡さん。
「成績アップの秘訣は?」と尋ねると、

「自分の頑張りよりも、単純に人に恵まれていただけ」

これまで今岡さんが築いた人脈や、会社の先輩方からの支えなど、今岡さんを助けてくれる人たちに恵まれていたそうです。

入社後1年半で最も成績が優秀な社員に送られるルーキー賞を、今岡さんは見事手にすることができました。
しかし、それは喜びと同時に、「これから何を目標にしていこう」という空虚感も感じたそうです。

やっぱり自分のお店を持ちたい

保険業を始めて7年。
確実に成績は残しつつ、ふとした瞬間に若い時の夢を思い出します。

「自分のお店を持ちたい」

そんな時に相談したのが、今岡さんのお母さん。
夢を持ち出した20代の頃、お母さんに相談すると、子供が学校卒業するまでは我慢しなさいと反対されていたそうです。

心の中でずっと思い続けていた念願が叶い、平成29年4月22日に木蓮をオープン!

そこにはお店を献身的に手伝ってくれるお母さんの姿もありました。

子育ての方針「甘やかす」?

息子さんを育てる今岡さんに、育児についての方針を聞いてみると、

「甘やかしてる実感はないけど、周囲から甘いと言われるかなー(笑)」

とのこと、分かりやすい話が、基本的に子供が主体の生活。
学校の登下校はもちろん毎日車での送迎。

「朝ごはんも朝の送迎も、今はお母さんがしてくれているけど(笑)」

今岡さんもまた、お母さんに甘えているのかもしれませんね。

夢を諦めて欲しくない

息子さんに対しては、「とにかく人様に迷惑をかけないで元気に学校へ行ってくれるだけで良い」と口にする今岡さん。

自分自身も好きなことをさせてもらっている両親に感謝してもし尽くせないと感じている今岡さんには、もう1つ心に決めていることがあります。

それは、息子に夢を諦めて欲しくないと言うこと。

今岡さんは20代で離婚し、それから女手一つで息子さんを育ててきました。

「母子家庭でお金がないからと言う理由で息子に夢を諦めて欲しくない」

そんな思いで仕事を頑張っています。
自身の趣味でもある旅行は、今でもお母さんと息子さん3人で毎年行くほど絵に描いたような仲良し家族。

さすがに息子さんからは、

「来年からは遠慮するわー」

と、言われているようですが(笑)

今でも根強く残るお父さんの教え

仕事だけではなく、プライベートでも、お父さんから言われてきた教えは今岡さんに根強く残っているようです。

一番に頭に浮かぶのは、「水回りだけは綺麗にしておきなさい」の一言。

お母さんも、お父さんがそのように言っていたことを今でも今岡さんと話をするそうです。

「その言葉の本質って何でしょうか?」

と、尋ねると…

「んー、分からない(笑)。でも、お父さんがそう言うんだから間違いないかなって思って続けている」

よくよく話を聞くと、自宅の水回りを綺麗にするのは、現在お母さんの仕事らしい(笑)
お母さんのあとは、今岡さんが引き継ぎ続けていくという決意は聞けましたが…

お父さんの存在が、どれだけ大きかったのかを垣間見た瞬間でした。

余談ですが、今岡さんのお父さんは、日本酒を飲む時には大吟醸しか飲まないと言うこだわりを持った方。
どうやら、大吟醸だと悪酔いしないそうです。

ビールも大好きな今岡さんもまた、日本酒を飲む時は大吟醸しか飲まないというこだわりがある。

自分がいなくても人が集まるお店

木蓮では、毎晩のように近所のお客さんなど多くの人が集まり、笑い声や歌声が響きます。

そんな木蓮の今後について今岡さんに尋ねると、

「私がいなくても人が集まるお店かな」

今岡さんがいなくても木蓮に行けば誰か一緒に飲んでくれる人がいる。
そんなお客さん同士のコミュニティーになるのが理想だそうです。

これから5年10年と続いていくであろう木蓮の歴史で、どのような出会いが生まれるのでしょうか?

地元の女性消防団など様々な団体に所属する今岡さん。
「応急手当普及員認定証」も取得し、地元の自治体などの要望を受け、応急手当の講習会を行うなど、とにかくたくさんの活動をしています。

そんな今岡さんが今後、どんなコミュニティーを生み出してくれるのか楽しみにすると同士に、今夜も美味しいお酒を飲みに木蓮に行こうかなーと思ってしまう今岡さんとの出会いでした。

 

 

有田 匠興

宮崎県国富町出身・在住の地域ライターです。 「国富町を通過点から目的地へ」 というテーマのもと、国富町で働く人たちを取り上げ、発信していきます。

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