震災が気付かせてくれたこと:藤元勇貴さん

産業

知識も経験もない状態でスタート

国富町本庄で株式会社 藤元建設の専務取締役を務める藤元勇貴(ふじもと ゆうき)さん。
藤元さんは、日向学院高校を卒業後、駅伝で有名な青山学院大学で経営システム工学について学ぶなど、建設業とは無縁の学生時代を過ごします。

藤元建設の現社長は、藤元さんの父。
しかし、藤元さんは建設業に関心もなく、親子共に将来は一緒に仕事をすることはないと考えていたそうです。

そんな藤元さんですが、5年前に帰郷し今では専務取締役として経営を含めた様々な業務を担っています。
それまで建設業の経験がないどころか、藤元建設が具体的にどんな仕事をしているかさえ分からない状態という、本当にゼロからのスタート。

それだけ関心のなかった建設業…。
そこから今に至るまでに、どんな出会いや物語があったのでしょうか?

繰り返す挫折の日々

ものづくりに興味があった藤元さんは、大学2年の時に先輩の勧めで仲間とシステム会社を起業。
当時は、先輩が立ち上げた会社の下請け業務を中心として、製造ラインのシステムやホームページの制作を行っていましたが、その後すぐに会社を辞めてしまいます。

大学に行きながら仕事もするという状況でもありましたが、藤元さん自身がどうしてもその仕事の魅力ややりがいを見出せないでいたそうです。
起業前から多くの交流があった藤元さんは、様々な人と話しているうちに「自分と違う世界観を持っている人と、もっともっと出会いたい」と感じ、大学3年で公認会計士を目指します。

しかし、1年後その意欲も薄れてしまいます。
最初は意気込みがあり頑張れても長続きしないという自覚はありながら、その殻を破れないで悶々とする日々。自分自身に「俺はできる!」と言い聞かせているが、この意欲は本物なのか?と常に悩んでいたそうです。

転機が訪れた3.11

藤元さんが国富町に戻り、藤元建設で働くことになったのが2012年。
帰郷のきっかけとなったのは2011年3月11日に起こった東日本大震災だと言います。

震災から3ヶ月ほど経過し、当時大学3年だった藤元さんのもとに1本の電話が。
それは、震災前からの知り合いだった福島県で建設会社を営む社長さんからで

「(被災地復興の現場を)見にくるか?」

と言われ、すぐに仲間数人と被災地へ向かうことになりました。
あとになって分かったことですが、藤元建設のスタッフ数名も復興作業のために現地に向かっていたそうです。

被災地の壮絶な現場を目の当たりにした藤元さんの心境に変化があります。
そのきっかけとなったのは、普段テレビ等のメディアで取り上げられる自衛隊ではなく、建設業のおじちゃん達でした。

寸断された道路や崩壊した建物を前に、その人たちがまず第一線で作業をしなくては自衛隊などが作業できません。
藤元さんが、復興(誰か)のために仕事ができる建設業に生まれて初めて魅力を感じた瞬間でした。

「その時に出会ったおじちゃん達の空気感がなんとも心地良かった」

藤元さんが建設業に興味を持ったのは、そこで働く人たちの魅力に触れたことも大きな要因の1つかもしれません。

父から1本の電話〜新たなスタートへ

被災地復興の現場を見て半年以上経った大学4年の12月、藤元建設の社長(父)から突然電話がありました。

「帰ってくるのか?」

声のトーンから、どうやらお酒を飲んでいる様子…
普段は「帰ってこい」「跡を継げ」など決して口にしない父の意外な一言に一瞬戸惑いました。

当時の藤元さんは大学の授業や環境に、すでに魅力を感じていない状態で、(大学を)途中で辞めたら親に申し訳ないという思いだけで何となく大学に通い続けていたそうです。

そんな時に思いがけない父からの電話。
震災後に感じた建設業に対する想いは薄れていませんでした。

「戻って仕事をしても、社長が使えないと判断したら潔く辞めよう」
「これがラストチャンスだ」

と覚悟を決めて帰郷します。
大学4年の12月に青山学院大学を中退し、地元国富町へ。

経験ゼロからの出発

藤元建設入社当時は、藤元さんの主な業務といえば総務関係で、まずは会社全体のことを把握することから始まります。その後、現場代理人の経験を経て今に至るのですが、

「現場のことは他の従業員の足元にも及ばない」
「でも、自分だからできることがあるのではないか?」

と、常に自分にできることを考えて仕事をしてるそうです。

ドローンを導入したりと新しいことにも挑戦する藤元さんの今年の目標は、
経営に関してはたくさんの課題を感じているそうですが、資格の面で「1級土木施工管理技士」の取得を目指すとのことです。

「脳が若いうちに(資格)取っとかなきゃ!」

建設業に必要な資格は、この1つで一通り揃うとのこと。
試験勉強頑張ってください!

考えることに休みはない

経営のことから社内環境、雇用のこと、たくさんの課題に着目して解決策を模索する藤元さんに、

Q.日常生活で喜びを感じることは?

と質問をすると、藤元さんは目を輝かせながら、

「新しいアイディアが浮かんだ時」
「自分の知らない(違った)世界観を持った人に出会ったとき」

好きなことは大学時代と根本的に変わってないのでしょう。

藤元さんには結婚4年目になる奥さんと3歳のお子さんがいます。
休日はお子さんと公園に行ったり、料理をしたりと家事育児にも協力的なのですが、
一度仕事のことを考えだすと、自分の世界に入ってしまいます。

「何ボーっとしてんの?」

奥さんから注意されることもしばしば…
内心は「一応仕事してるんだけど」と感じているそうですが。

謙虚さを忘れず3代目へ

藤元さんは、2代目である父の跡を継ぎ、3代目としての器になるための修行中とのことです。
会社の経営や職場環境、雇用などたくさんの課題を解決に導き、スタッフさんがより働きやすい会社へと成長させていきたいと意気込みます。

「どうしたら、「こんな会社で働きたい」と思ってもらえるようになるのか?」
「会社の良いとこも悪いとこも全部開示していくためには、どんな手法が適切か?」

そのようなことを日々考えながら、通常業務もこなす日々。
藤元さんが、そのように動けることを支えているのは、現場や事務所を支えるたくさんのスタッフさんです。

「(スタッフ)みんなの力を借りないと何も達成できない」

これからも藤元さんは、会社やスタッフ、そして家族のために考え・動き続けていきます。
1人でボーっとしてるのかと思ったら、急に目がキラキラしだした。
そんな藤元さんを見かけたら、何か新しいアイディアが浮かんだ瞬間なのでしょう。

国富町のためにできること

これからも、国富町に建設業の角度から付加価値を与え続けるために、藤元建設は歩み続けていくとのこと。
「建設業でできないことは、他の町民の力を借りれば良い。」
そんな仲間が地元に増えてきているのは事実だと言います。

このような人たちが増えると同時に、町全体が同じ意識を共有できるようになると、国富町という1つの町が、一気に活性化されるのでしょう。

国富町の将来が楽しみになると同時に、国富町に改革をもたらすであろう1人に巡り会えた瞬間でもありました。

 

有田 匠興

宮崎県国富町出身・在住の地域ライターです。 「国富町を通過点から目的地へ」 というテーマのもと、国富町で働く人たちを取り上げ、発信していきます。

プロフィール

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